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プロが伝える労働分野の最前線#11~15

(こちらは2021年1月19日~5月18日に「Web年金時代」に掲載したものです。)

#11  副業・兼業 ~ダブルワーカーの労務管理方法について~

浅川 律子(あさかわ りつこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/社会保険労務士

労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。第11回はますます注目される副業・兼業(ダブルワーク)の労務管理について、ドリームサポート社会保険労務士法人の浅川律子さんが解説します。

人生100年時代を迎えるなか、時代の変化が激しく先行き不透明であることに対する不安を感じている人が増えているように思います。副業・兼業をすることで本業ではできない経験を通してスキルアップをしたり、本業で収入の安定を確保しつつ、本当に自分がやりたいことにチャレンジしたりすることで豊かな人生を追求したいというニーズがあるのでしょう。

総務省の就業構造基本調査によると、副業・兼業を希望している雇用者数は右肩上がりに増えており、2017年には雇用者全体の6.5%となっています。新型コロナウイルス感染症の影響を始めとする失業・収入減リスクへの対策としても、副業・兼業はますます注目されています。

2020年9月15日掲載の連載記事でも触れたとおり、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が公表されました。このガイドラインの時点ですでに、企業は原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当とされています。また企業が副業・兼業を認めるにあたっては、自社での業務がおろそかになること、情報漏洩のリスクがあること、競業・利益相反になること等の課題がある上、副業・兼業に係る就業時間や健康管理の取り扱いのルールが分かりにくい問題があるとも指摘されています。

このように問題点がある一方、具体的な環境整備の方法や労働時間管理のルールが明確ではなかったため、副業・兼業の容認まで至らなかった企業も多かったようです。

そこで2020年9月、副業・兼業を容認するにあたって事前にすべき環境整備や労働時間管理のルールを明確にするため、厚生労働省はガイドラインを改定しました。

改定事項を含めポイントをご紹介します。

副業・兼業を制限できる場合の明確化

昨今の裁判例を踏まえると、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であるとされています。東京都私立大学教授事件(東京地判平成20年12月5日)においては、教授が無許可で語学学校講師等の業務に従事していたことを理由として行われた懲戒解雇について、副業・兼業は夜間や休日に行われており、本業への格別の支障は認められず、解雇無効とされました。

一方で、使用者と労働者は労働契約及び労働契約に付随した義務を負っているため、企業に不利益を与える可能性がある場合は副業・兼業の制限が可能です。

具体的には、

①労務提供上の支障がある場合

②業務上の秘密が漏洩する場合

③競業により自社の利益が害される場合

④自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

などが該当するでしょう。

就業規則において、

原則:労働者は副業・兼業を行うことができる

例外:上記①~④のいずれかに該当する場合、会社は副業・兼業を禁止・制限することがある

など、副業・兼業を許可・禁止する場合の条件を明確に記載しておくことが重要です。

副業・兼業を認められ、ダブルワーカーが増えた場合、労働時間の管理とその方法が重要になってきます。

以下では、労働時間管理方法について説明します。

簡便な労働時間管理方法の提案

まず、労働時間管理に関して、労働時間規制の対象となる副業・兼業なのかを確認します。

①労働基準法が適用されない副業・兼業(フリーランス、起業等)

②労働基準法が適用されるが、労働時間規制が適用されない副業・兼業(農業・水産業・管理監督者等(労働基準法41条))

上記①②の副業・兼業は、労働基準法上の労働時間規制が適用されないため、副業・兼業を何時間していようと、企業は自社の労働時間のみを把握していればよいことになります(なお上記の場合でも、過労等により業務に支障が出ないよう、労働者の申告等により就業時間を把握することが望ましいとされています)。

その上で、労働者の副業・兼業が労働基準法上の労働時間規制が適用されるものであった場合、労働時間を通算することになります。

■原則的な管理方法

原則的な管理方法は、まず、自社の所定労働時間と副業・兼業先の所定労働時間を通算し、時間外労働となる部分があるか確認します。結果、法定労働時間を超える部分がある場合、時間的に後から労働契約をした企業が時間外労働を行わせることになり、割増賃金を支払います。

なお、副業・兼業先での労働時間は本人が申告した時間でいいとされているため、副業・兼業先と連絡を取り実態を把握するところまでは求められていません。

しかし、この方法によると労働時間申告や労働時間の通算管理において労使双方の手続上の負荷が高くなることから、今回のガイドラインの改定において簡便な労働時間管理方法(管理モデル)が提案されました。この方法によると、実労働時間を基にした労務管理が不要となります。

■簡便な労働時間管理方法(管理モデル)

具体的な手順は以下のとおりです。

①労働者と時間的に先に労働契約を締結していたA社と時間的に後から労働契約を締結したB社及び副業・兼業を行う労働者が管理モデルによることを合意して導入

②A社とB社のそれぞれの1か月の法定外労働時間を合計した時間数が上限規制(単月100時間未満、複数月平均80時間以内)の範囲内において、各々の会社の事業場における労働時間の上限をそれぞれ設定

③A社は自らの事業場における法定外労働時間の労働について、B社は自らの事業場における労働時間の労働について、それぞれ割増賃金を支払う

健康管理方法の提案

では、健康管理についてはどうでしょうか?

健康診断や長時間労働者に対する面接指導などは各事業場において実施されるものであり、実施対象者の選定にあたって、副業・兼業先における労働時間の通算をする必要はありません。

ただし、使用者が労働者の副業・兼業を認めている場合は、健康保持のため自己管理を行うよう指示し、心身の不調があれば都度相談を受けることを伝えること、副業・兼業・兼業の状況も踏まえ必要に応じ法律を超える健康確保措置を実施することなど、長時間労働や不規則な労働による健康障害を防止する措置をとることが望ましいとされています。

また、使用者の指示により副業・兼業を行う場合は、使用者は原則として副業・兼業先の使用者との情報交換により労働時間を把握・通算し、健康確保措置を行うことが適当としています。

副業に関わるその他の制度について

続いて、副業・兼業が労働である場合のその他の制度について説明します。

①労災保険の給付
法改正により、本業と副業・兼業両方の賃金を合算して労災保険の給付額を算定することとなったほか、労災認定を判断するにあたってすべての勤務先における労働時間やストレスを総合評価することになりました(2020年9月15日掲載の連載記事参照)。

②雇用保険の加入要件 
令和4年1月より、65歳以上の労働者本人の申出を起点に、二の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が試行的に開始されます(2020年9月15日掲載の連載記事参照)。

③厚生年金保険、健康保険
社会保険(厚生年金保険、健康保険)の適用要件は事業所毎に判断します。複数の事業所で就労している者がそれぞれの事業所で被保険者要件を満たす場合、被保険者はいずれかの事業所の管轄の年金事務所及び医療保険者を自分で選択し、届出をします。

④税
副業・兼業の給与収入が年間20万円を超える場合、本業での年末調整に加えて、労働者本人による確定申告が必要となります。

まとめ

今後労働者から副業・兼業の希望の申出がされる可能性を考慮し、企業としてすべきことは以下のとおりです。

①副業・兼業許可の条件が労働者へ明確に伝わるよう、就業規則を見直す。

②労働者の副業・兼業の内容を把握すべく、届出の書式を整備する。

③労働時間の通算が必要な場合、原則的方法、管理モデルによる方法のどちらを採用するか検討する。

厚生労働省からモデル就業規則や届出書式例が出されているので、参考にするのも良いでしょう。


浅川 律子(あさかわ りつこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/社会保険労務士
法学部卒業後、裁判所に事務官として入所。裁判官のサポート役として、裁判運営、司法修習生の教材作成等に15年従事。2018年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2020年社会保険労務士登録。幅広い業種の顧問先を担当し、労務相談や手続きを行うほか、人事制度のコンサルティングや研修企画を手掛けるなど、活躍の幅を広げている。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。

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#12  70歳までの就業機会の確保① ~個々のニーズに合わせた新しい働き方を~

小平 陽子(おだいら ようこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士

労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。第12回は今年4月1日に施行される改正高年齢者雇用安定法について、ドリームサポート社会保険労務士法人の小平陽子さんが解説します。

2021年4月1日から、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)の改正により、70歳までの就業機会の確保が、企業の努力義務として課せられることになりました。

働く意欲のある元気な高年齢者が、年齢に関わらず、持てる能力を十分に発揮して社会の中でいきいきと働き続けることができる環境を整備することを目的とし、個々のニーズを踏まえた多様な働き方の選択肢を、制度として整えることを、企業の努力義務としたものです。

ポイントは、「就業機会」の確保であって、必ずしも「雇用」することを求めているのではないという点です。また、70歳までの定年年齢の引き上げを求めるものではないという点にも、注意してください。

では、改正の内容を、具体的に見ていきましょう。

企業が講ずべき措置の内容

2013年の法改正では、65歳までの雇用機会を確保することが企業に義務付けられました。具体的には、以下のいずれかの措置を実施することを求めるものです。

<現行>
① 65歳までの定年年齢の引き上げ
② 希望者全員を対象とする65歳までの継続雇用制度の導入
③ 定年制の廃止

今回の改正では、前回の65歳までの雇用確保措置に加え、新たに70歳までの就業機会として以下のいずれかの措置を実施することが、努力義務として追加されました。

<改正後>
① 70歳までの定年年齢の引き上げ
② 定年制の廃止
③ 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
※特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む
(注:特殊関係事業主とは、子会社、親会社等の関連法人のこと)
④ 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
⑤ 70歳まで継続的に以下の社会貢献事業に従事できる制度の導入
1.事業主が自ら実施する社会貢献事業
2.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業

いずれも努力義務であることから、③から⑤の措置に関しては、対象者を限定するための基準を設けることができます。ただし、その基準には客観性、具体性が求められます。労働者自らが基準に適合するかどうかをある程度予見できることや、基準に満たない労働者に対して能力開発等を促すことができるようなものでなければならず、単に「会社が必要と認めた者に限る」とか、「上司の推薦がある者に限る」といった曖昧なものは、基準が無いに等しいため、認められません。

雇用されない働き方も多様な選択肢の一つ

では、改正により努力義務とされた措置について、さらに詳しく見ていくことにします。

改正後の①と②は、文字通り定年年齢の引き上げ、または定年制そのものの廃止を求めるものです。

③の継続雇用制度の対象となる事業主は、現行の65歳までの雇用確保措置義務においては、自社、または特殊関係事業主(子会社、親会社等の関連法人)での雇用であることが必要でした。しかし、改正後は、それらに加え「他の事業主」によるものを含む、とされました。つまり、グループ企業ではない他の関係先企業への再就職を、制度としてあっせんするような形も認められることになったわけです。

④と⑤は、「創業支援等措置」として今回の改正により新たに設けられたものです。この2つは「雇用」という働き方ではなく、いわゆるフリーランスや業務委託として個人で事業を行う者と契約を結ぶもので、企業を定年退職した高年齢者が新たに起業(創業)し、その会社と業務委託契約を結ぶ場合なども含みます。この創業支援等措置はいずれも、過半数労働組合または労働者の過半数代表者の同意を得て導入する必要があります。

⑤の社会貢献活動を行う事業については、a.事業主自らが行う事業、b.事業主が出資等の資金提供をしている事業、の2つが対象です。近年、企業価値を向上させるための戦略的取組みとして、社会貢献活動(CSR=Corporate Social Responsibility)に参画する企業が増えています。事業主が自ら運営、または資金提供をすることで、そこで働く高年齢者の就業を支援することができます。社会貢献活動の具体的イメージとしては、学校への出前授業、地域企業の工場や展示場のガイド、地域の環境保全活動などがありますが、無償のボランティアではなく、必ず「有償」(金銭を支払う)のものでなければなりません。

中小企業では特に、地域社会への貢献という点に軸足を置き、環境美化、緑化のために駅周辺の花壇の維持管理を無償で行ったり、子供の教育や成長支援に関わる活動として「モノづくり体験教室」を小学校で開催するなど、企業の特長を活かした活動を行っている例が多く見られます。このような事業が、新たな就業の機会を生み出し、高年齢者の活躍の場ともなり得るのです。

高年齢者を活用している企業の取組み事例

雇用されない働き方が新たな選択肢として注目されるところですが、高年齢者を雇用している企業の中にも、ユニークな方法で高齢社員を活用している例がたくさんあります。

高年齢者がいきいきと働き続けられる職場づくりのアイデアの普及を目的として、「高年齢者雇用開発コンテスト」(令和3年度から「高年齢者活躍企業コンテスト」に改称)が、厚生労働省と独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構との共催によって毎年開催されており、入賞企業の事例は、同機構のホームページでも詳しく紹介されています。

例えば、高齢社員と若手社員の「ペア就労」によって、高齢社員が自身の知識や経験を活かして若手社員を指導している企業や、ライフスタイルに合わせた多様な就業形態を整備している企業、社内にウォーキングマシンや血圧計を設置している企業など、その取組みには様々な創意工夫が見られます。

同サイトでは、高齢社員の戦力化のための工夫とともに各社が抱える課題も示されており、これから高年齢者の活用を考える企業にとっては、良いヒントが見つかることでしょう。

次回は、高年齢者の活用について一番大切な意識の転換について説明します。


小平 陽子(おだいら ようこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士
大手食品会社、外資系アパレル会社の人事部門にて約10年間人事労務に、約5年間総務に従事。2016年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2018社会保険労務士登録。2019年特定社会保険労務士付記。現在は、ドリーム課パートナー係のメンバーとして、多数の顧問先企業を担当し、労務相談を中心に、社会保険手続き・給与計算等を幅広く行う。15年にわたり企業の総務・人事部門にて働いた経験を活かし、顧問先企業を「よい職場」にするための、成長戦略・長期的視野に立ったアドバイスに定評がある。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。


#13   70歳までの就業機会の確保② ~シニアの活躍が日本の未来を救う~

小平 陽子(おだいら ようこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士

労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。第13回は今年4月1日に施行される改正高年齢者雇用安定法について、前回に引き続きドリームサポート社会保険労務士法人の小平陽子さんが解説します。

なぜ高年齢者の就業を求めるか

前回*は、2021年4月に施行される「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の改正により、新たな就業機会として、多様な働き方の選択肢を、制度として準備することの可能性について説明しました。

*第12回 70歳までの就業機会の確保① ~個々のニーズに合わせた新しい働き方を~

ところで、制度さえ整えれば、高年齢者の活用はうまくいくのでしょうか。一番大切なのは意識の転換ではないかと考えます。

法改正の背景には、今後の就業者数の減少が大きく関わっています。第二次ベビーブームの1970年代前半に生まれた、いわゆる「団塊ジュニア」世代が65歳を迎える2040年頃には、60歳以上人口は4,000万人近くに上ると推計されており、およそ2.4人に1人が60歳以上となります。

総人口も減少していく中で、健康で働く意欲の高い元気な高年齢者には、少しでも社会の支え手側に回ってもらわなくてはなりません。どうしたら、シニア人材がいきいきと働くことができるか、本気で考え始める時期が来たといえるでしょう。

企業も労働者も意識の転換を

現在、多くの企業では、60歳で定年を迎え、その後は嘱託や契約社員に身分変更して、賃金も2~3割、またはそれ以上下がる、というパターンが多く見受けられます。また、一定の年齢を過ぎると、それ以降賃金が上がらない、または一律〇%カット、という企業もあります。嘱託になったら新卒初任給と同じ賃金になった、という例も、決して珍しくはありません。

労働者側も、多少の不満を感じつつ、「制度だからしかたがない」「どうせ給料も上がらないからのんびり働くか」といった半ば諦めの気持ちで、その後の数年間を無難にやり過ごします。これでは、モチベーションが上がるはずもありません。

定年に達する頃には、体力や家庭環境などの状況には大きな個人差が生まれます。人によっては「フルタイムは体力的にきつい」「今後は趣味や旅行に費やす時間も欲しい」などと考えるのはごく自然なことです。しかしその一方で、今までに培った豊富な経験や知識を生かして、業務を絞り込み、研修講師や技術専門職として活躍していこう、と考える人もいるかもしれません。

労働者は、今後自分は何を売りにして働くのか、を明確にしていく必要がありますし、企業側もそれに応えるべく、役割と処遇を準備するという意識の転換が必要となります。それまでの組織の上下関係にこだわらず、新しい地位と役割を互いに尊重しあう関係性を築ければ、定年後の社員も心地よい居場所を得られ、高いモチベーションで働くことができるでしょう。

高年齢期のキャリアプラン

職業生活が長期化すると、いつまでも上を目指して頑張り続けることは難しくなります。それまでの、より高みを目指して上り続けていくキャリアプランから、ある時期を境に、緩やかに下っていくキャリアプランへと志向を転換する必要が出てくるのではないでしょうか。

社員が50代になったら、10年後、20年後のキャリアプランを考える研修を開催し、企業が今後シニア層にどのような役割を期待するかについて伝える機会を作りましょう。

企業側は、定年を迎える社員の今後の人生設計を見据えて、十分な話し合いの場を持ち、双方納得のいく働き方を決定していくことが望まれます。法律を守るために「雇ってあげる」という姿勢ではなく、個々の労働者のニーズを踏まえたうえで、期待する役割を明確に伝え、正当な評価と、それに見合う処遇を準備することで、モチベーションを維持し続けられるようにしたいものです。

労働者も、自分の培ってきた知識や経験をどのように活かし、何を売りにして引き続き企業に貢献していきたいかを伝えます。うまくマッチングすることができれば、双方Win-Winの関係となり、高齢期に長く働くことが可能となるはずです。また、これがうまくいけば、育児や介護などで制約のある他の社員にも応用することができ、企業の魅力アップ、社員の定着にもつながっていくことでしょう。

助成金の活用も

65歳以上への定年引上げ等の取組みや、賃金・人事処遇制度、健康管理制度等の雇用管理制度の整備を行った事業主に対して、費用を助成する制度(65歳超雇用推進助成金)が用意されています。要件が合えば、是非活用しましょう。

現在、「65歳超継続雇用促進コース」「高年齢者評価制度等雇用管理改善コース」「高年齢者無期雇用転換コース」の3種類があり、各助成金の支給要件は、厚生労働省のホームページで確認できます。

まとめ

現在、労働市場のほぼ5人に1人が60歳以上といわれます。内閣府が行った「令和元年度 高齢者の経済生活に関する調査」(60歳以上を対象)では、65歳を超えても働きたいと答えた人は全体の4割、働けるうちはいつまでも、と答えた人も全体の2割にのぼっています。

また、文部科学省が実施する「新体力テスト」によれば、65歳から79歳のいずれのグループも、男女ともに20年前の5歳下よりも身体機能が若い、という結果が出ています。「高齢者とは何歳以上か」の問いに対する答えも年々上がっていて、身体機能だけでなく意識も若返ってきていることがうかがえます。

これらのシニア人材が、高いモチベーションをもって活躍し続けられるかどうかは、企業の存続だけでなく、日本経済の未来を左右する重要なカギとなることは間違いなさそうです。


小平 陽子(おだいら ようこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士
大手食品会社、外資系アパレル会社の人事部門にて約10年間人事労務に、約5年間総務に従事。2016年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2018社会保険労務士登録。2019年特定社会保険労務士付記。現在は、ドリーム課パートナー係のメンバーとして、多数の顧問先企業を担当し、労務相談を中心に、社会保険手続き・給与計算等を幅広く行う。15年にわたり企業の総務・人事部門にて働いた経験を活かし、顧問先企業を「よい職場」にするための、成長戦略・長期的視野に立ったアドバイスに定評がある。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。


#14   法定雇用率引き上げによって新たに障害者雇用義務が発生する企業の皆様、専門家の力をうまく活用しましょう

田所 知佐(たどころ ちさ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士

労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。第14回は、令和3年3月1日に法定雇用率が0.1ポイント引き上げられた障害者雇用をテーマに取り上げます。解説するのはドリームサポート社会保険労務士法人の田所知佐さんです。

障害者の法定雇用率引き上げ

障害者雇用促進法は、事業主に対し、障害者に対する差別の禁止や、合理的配慮の提供、障害者の雇用義務等を課しています。

障害者の雇用義務とは具体的には、「国・地方公共団体、特殊法人等を含むすべての事業主が、法定雇用率以上の割合で障害者を雇用しなければならないこと」です。

例えば、法定雇用率が2.3%、労働者数100人の会社は、2人の障害者の雇用が義務となります。

100人×2.3%=2.3人 →2人

※小数点以下切り捨て

令和3年3月1日、障害者雇用促進法が改正され、民間企業の障害者法定雇用率がこれまでの2.2%から2.3%に引き上げられました。これにより、雇用労働者数43.5人以上の事業主が新たに雇用義務の対象となりました(43.5が2.3%を乗じて1以上になる最小数)。

対象事業主は、毎年6月1日時点の障害者雇用状況をハローワークに報告しなければなりません。この報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりした場合には、罰則の対象となります。

また、実際の雇用率が著しく低い企業に対しては、雇入れ計画の作成命令がなされることがあり、その後も計画の実施状況が悪かったり、特別指導等にも関わらず雇用が進まない場合には、企業名の公表に至る場合もあります。

さらに、雇用労働者数が100人を超える一般事業主が法定雇用数を達成できない場合には、不足人数×50,000円の障害者雇用納付金の徴収も行われます。

障害者の雇用はすべての企業と関係する

平成25年、障害者雇用促進法が改正され、新たに障害者差別の禁止や合理的配慮の提供【雇用する障害者の特性に配慮した施設の整備等】が事業主の義務に加わりました。平成30年には、それまでは身体障害者、知的障害者のみであった雇用義務の対象者に精神障害者が追加されました。

また、厚生労働省の令和2年障害者雇用状況の集計結果によれば、雇用障害者数は57万8,292人で、前年より3.2%増加し、雇用障害者数、実際の雇用率ともに、過去最高を更新しています。障害者雇用に関連した様々な助成金も整備され、障害者を雇用する環境は徐々に整備されてきており、それに応じて働く障害者も増えています。

障害者雇用の増加とともに、さらなる法定雇用率の引き上げも見込まれており、障害者雇用は「自社にはまだ関係ないかな」という段階では、すでになくなっていると言えるでしょう。

企業が考える障害者雇用の課題

前述のように、働く障害者は増加していますが、厚生労働省の令和2年障害者雇用状況の集計結果によると、法定雇用率達成企業の割合は48.6%(対前年比0.6ポイント上昇)にとどまっています。法定雇用率が引き上げられることで、新たに義務を課せられる企業が障害者をどのように受け入れればよいかという課題があるのももちろんですが、これまでも取り組んできている企業が法定雇用率達成を維持し続けることにも課題があります。

私の勤務する社労士法人には「新たに障害者を雇用するのは難しい。もしかしたら、会社には言っていない障害者の従業員がいるかもしれない。その人達がカミングアウトしやすいよう、障害者です、と名乗りをあげたら金一封を用意するというのはどうか」と一見突飛な相談をされた経営者もいます。それだけ障害者雇用について課題があるということでしょう。

厚生労働省の平成30年度障害者雇用実態調査によれば、様々な課題があることがわかります。

課題解決のため専門家の力を

これらの課題解決については、ぜひ専門家の力を借りていただきたいと思います。現在、障害者雇用を支援するために、次のような公共の支援機関があります。

また、民間においても障害者就労のためトレーニングを実施し、トレーニング終了後、他の企業への就労支援・移行をしている障害者雇用支援企業が増えています。

民間の場合、

■発達障害者の支援に特化している

■IT事業とそれに必要なITスキルにおける就労支援・就労移行に特化している

■自社でも積極的に障害者採用をし、ショールーム組織として機能している

■障害者雇用による新たなビジネス(農業、ペット・ペット用品小売業等)を提案している

など、障害の特性や企業や業務の内容を理解し、よりきめ細やかな支援ができることが特徴です。

ある障害者就労支援を実施している企業に聞いたところ、法定雇用率引き上げにともない問い合わせが増え、「障害者のための業務ではなく、本業の戦力として障害者を雇いたい」と言われる事業主が多いようでした。

専門家には、社会保険労務士も含まれます。社会保険労務士は、労働関係諸法令に精通し、人材の採用や教育について、適切な助言を行っています。多くの関与先を抱えているからこそ、経営者そして、現場の課題や悩みについてよく知っています。

障害者が働きやすい職場はみんなが働きやすい職場

多くの障害者の採用・定着が実現できている企業の担当者が「障害者を雇用するにあたり、様々な施策・環境整備を実施した結果、健常者を含む従業員全員が働きやすい職場になりました」と教えてくれたことがあります。

例えば、前述の障害者を雇用するにあたっての課題で最も多かったものに、「会社内に適当な仕事があるか」という課題があります。(平成30年度障害者雇用実態調査)

つまり、「業務の切り出し」です。

「業務の切り出し」とネットで検索をすると、障害者雇用に関連する情報が多数出てきますが、私は、障害者雇用のため、という考え方を転換し、自社の業務の見える化・効率化、そして、多能工の推進という観点からこれらを実施していただきたいと思います。

業務の切り出しは、障害者雇用だけではなく、人員計画や、業務のアウトソーシング、BCP(事業継続計画)の整備、という点からも大変重要であり、障害者雇用に関連して、限定するものではありません。

まとめ

障害者雇用に関しては、障害に関係なく、希望や能力に応じて、誰もが職業を通じた社会参加のできる「共生社会」を実現するという理念を心に、社会全体で取り組んでいくものと考えます。

法定雇用率引き上げによって新たに障害者雇用義務が発生する企業の皆様も、社労士をはじめとする専門家の力を活用しながら、ぜひ積極的に取り組んでいただきたいと思います。


田所 知佐(たどころ ちさ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士
東証一部上場 公共インフラ企業にて10年間施設企画に従事。その後、仏高級レストランの日本法人にて商品企画に従事。2015年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2018年社会保険労務士登録。2021年特定社会保険労務士付記。前職の経験を活かし、企画・広報・執筆活動など多方面で活躍。近著『図解 社会保障オールガイド 最新版』(そらふブックス)監修。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。


#15   短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大

岡本 純輝(おかもと じゅんき)
ドリームサポート社会保険労務士法人

労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。第15回は、短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大をテーマに取り上げます。令和4年10月には、さらに適用対象が拡大されますが、適用拡大で変わること、会社として事前に準備することなど、ドリームサポート社会保険労務士法人の岡本純輝さんに解説していただきます。

多様な働き方にあわせた制度の拡大

一億総活躍の掛け声とともに、子育て世代の女性や高齢者の社会進出、ダブルワークの増加など多様な働き方が広まっています。

多くの人に社会で活躍してもらうために、平成28年10月から、短時間労働者であっても一定の要件を満たすことで健康保険・厚生年金保険(以下、社会保険)に加入できるように法改正がなされました。

まずは現行の短時間労働者に対する社会保険適用の条件を見てみましょう。

上記をすべて満たすことで社会保険の被保険者となります。

さらなる被保険者の適用拡大

令和2年に公布された年金制度改正で、短時間労働者への社会保険の適用がさらに広がります。令和4年10月より企業規模要件と雇用期間要件が変更となり、再度令和6年10月より企業規模要件が次表のように変更となります。

厚生労働省の試算では、令和4年10月の改正で45万人、令和6年10月の改正で65万人が新たに適用となると見込まれています(2019年12月25日厚生労働省保険局「被用者保険の適用拡大について」より)。

今回の改正となる企業規模要件、勤務期間要件についてもう少し詳しく見てみましょう。

企業規模要件の従業員数はどのようにカウントするのか

企業規模要件の「従業員数」は週所定労働時間が通常の労働者の3/4以上のものを指します(つまり通常の要件で社会保険に加入している人)。それ未満のパート労働者の数は含みません。

また、いつの時点の人数で考えるのかというと、月ごとに人数をカウントし、直近12か月のうち6か月で基準を上回ったら適用の対象となります。

従業員数のカウントは法人ごと(同一の法人番号を有する全事業所)で行います。

勤務期間要件に関する注意点

2か月を超える勤務が「見込まれる」労働者は契約の当初から被保険者となります。

この「見込まれる」とは、例えば、

・2か月以下の雇用契約でも、契約が更新される場合がある旨が明示されている場合

・同一の事業所内で同様の雇用契約に基づき雇用されているものが更新等により2か月を超えて雇用された実績がある場合

などは、2か月を超える勤務が見込まれる労働者となります。

適用拡大で何が変わるのか

社会保険の被保険者が増えることは、会社や労働者にとってどのような影響があるのでしょうか。

会社のメリットは、労働者が安心して働けることによるモチベーションの上昇や労働者の定着率の上昇などが挙げられます。一方、デメリットは、保険料の負担による人件費の増大があり、ここが一番の気になるところでしょう。

労働者としてのメリットは、健康保険料と厚生年金保険料の半分を会社が負担してくれることや、国民健康保険や被扶養者にはない傷病手当金や出産手当金などの給付を受けられることが大きいでしょう。また老後の年金が増え、障害厚生年金や遺族厚生年金といった手厚い給付も受けられる可能性があります。ただし、もともと被扶養者であった場合などは事実上保険料が免除されていた分を負担することになり、手取りが下がる場合などはデメリットといえるかもしれません。

事前に会社としてどのような準備をしておくべきか

では、来たる令和4年10月に向けて、会社はどのような準備をしておく必要があるのでしょうか。それには、3つのステップがあります。

①まずは加入対象となる労働者の把握を行います。対象労働者が何人くらいいるのか、それによってどの程度の人件費の増加があるのかをあらかじめ見込んでおき、予算に組み込んでおきましょう。

②次に法改正の社内周知を行います。改正事項を知らない労働者も少なくありませんので、早めに周知しておくとよいでしょう。

③最後に必要に応じて社内説明会や個人面談などを行います。先に挙げたように就業調整を希望する労働者が出る場合もありますので、会社としてどう対応するべきかをあらかじめ考えておき、社会保険加入のメリット、デメリットを労働者に伝えられるように準備しておくのです。

まとめ

新型コロナウイルス感染症の蔓延などによる景気低迷で、適用拡大による保険料の増加は中小企業においてかなり苦しいものと思います。しかし、社会保険料削減のために会社から一方的に就業調整を迫るようなことはハラスメントととらえられる可能性がありますので、注意しましょう。

今回の法改正を、労働者が安心して働ける環境を整えるチャンスととらえてみてはどうでしょうか。

例えば、正社員とパートタイマーとの区分を整理し、パートタイマーである必要がない労働者で、能力・意欲の高い人はこのタイミングで正社員への転換を行うといったこともできるかもしれません。フルタイムでの勤務は難しくとも、週4日勤務の正社員など多様な正社員制度を導入するといった方法への展開も考えられるでしょう。

ぜひこの機会に、労使間でしっかりと話し合い、今後の会社の未来、より良い働き方を決めていきましょう。


岡本 純輝(おかもと じゅんき)ドリームサポート社会保険労務士法人
元ひきこもり。就労支援プログラムの一環として、2014年9月、旧安中社会保険労務士事務所に入所。2015年4月、ドリームサポート社会保険労務士法人への法人化に伴い転籍。給与計算や社会保険・労働保険手続きの実務に従事し、現在は、担当部門のリーダーとして3名の部下を率いる。 法人化に際し、経理・庶務・IT部門など経理管理面の整備を担った経験から、顧客総務担当者の抱える労務面だけではないバックオフィス業務全般にわたる課題の解決も得意とする。 週4正社員制度を活用し週に一度のペースで、元当事者として、引きこもりの本人やご家族に向けて、自身の社会復帰経験を伝えるボランティアを続け、若者就労支援に関する講演や、レクリエーションやイベントへの参加などを続けている。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。



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