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日本の代表的な精神科病院の改革(中村秀一)

霞が関と現場の間で

『都立松沢病院の挑戦』

年明けから続く自粛生活が1か月を超えた。さすがに緊急事態宣言の効果が出てきたようで新規感染者数が減りだした。いつ宣言は解除されるのだろうか。ワクチン接種もようやく始まり、前途に光明が見えてきた。

自粛生活も悪いことばかりではない。読書時間が確かに増えた。そのため書店で本を漁ることとなる。そんな中で『都立松沢病院の挑戦―人生100年時代の精神医療』(齋藤正彦著、2020年11月、岩波書店)を見つけた。

精神科医療については課題だと思いつつ、現役時代には十分取り組めなかったという思いがある。140年の歴史を持つ都立松沢病院は、呉秀三など歴代高名な院長が就任しており、その歩みがわが国の精神医療の歴史そのものと言える存在だ。そのような病院の「挑戦」とは何だろうか。この本に自然と手が伸びてしまった。

患者の苦しみに対する共感の欠如

著者の齋藤正彦医師は、9年前に認知症専門の民間病院の院長から都立松沢病院の院長に就任した。以前にも松沢病院で勤務していたことがあり20年ぶりの復帰であったが、院長として着任早々に「違和感」を持つ。「患者の苦しみに対する共感性の欠如」だ。

民間病院と比べあまり経営感覚のない公立病院のあり方に愕然とする。2年ごとに定期異動する事務組織に悩まされ、背後にある都庁官僚制と闘う。改革に抵抗する医師たちと「病院の改革に協力してくれた」看護部長の存在が対照的に描かれる。公立病院の使命として「民間医療機関の依頼を断らない」、そして「患者さんに選ばれる病院」とする経営方針を決定、患者本位の医療を目指し「縛らない精神医療」を実践する。

本書には現場に無理解な政策当局者(「精神障害者の生活にはさしたる関心のない中央官僚」)への批判があり、そして精神障害に対する偏見への告発がある。

疎外される人々を受け入れる

良い本を読んだと思いながら、雑誌『世界』2月号を開くと連載中の「コロナ戦記」(山岡淳一郎)の第5回は「危機に立つ精神医療」だった。冒頭から都立松沢病院が登場する。松沢病院は昨年4月1日から感染者の収容を始めたことを紹介し、戦記いわく「精神科の患者は、コロナに感染すると二重、三重に疎外される」「こうした状況に一石を投じたのが、日本最大の精神科病院、松沢病院だった」。

齋藤院長は本年3月31日に退任する。筆者は、主宰する「月例社会保障研究会」(5月)に齋藤先生を講師にお招きする。本コラムの読者に御案内する次第である。  

(本コラムは、社会保険旬報2021年3月1日号に掲載されました)


中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
国際医療福祉大学大学院教授
1973年、厚生省(当時)入省。 老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。


  


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