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[インタビュー]このひとに聴く④坂本純一さん

年金制度の所得再分配機能を
維持していくためには、
基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドの
調整期間を一致させていくことが必要です

 マクロ経済スライドによる基礎年金部分の給付水準の調整期間が、厚生年金の給付水準の調整期間よりも長期化することにより、基礎年金部分の給付水準が厚生年金に比べて大きく低下してしまうという見通しとなっている。所得の多寡にかかわらず一定の年金額を保障する所得再分配機能の性格を持つ基礎年金の給付水準の低下が相対的に大きくなることは、年金制度そのものの所得再分配機能の低下、つまり受給世代内の所得格差の拡大につながる。マクロ経済スライドを導入した2004(平成16)年年金制度改正のときの年金局数理課長だった坂本純一さんに、年金制度が抱えるこの課題をどう考え、どう解決したらいいのか、聴いた。

[略歴]坂本 純一(さかもと じゅんいち)/(公財)年金シニアプラン総合研究機構特別招聘研究員。1975(昭和50)年東京大学大学院理学系研究科数学専門課程修了(理学修士)、厚生省に入省。99(平成11)年年金局数理課長。2004(平成16)年年金改正で数理を担当。同年厚生労働省退官、野村総合研究所などを経て現職。

前回改正の年金部会が「年金制度の所得再分配機能の維持」を次期制度改革の課題に加える

—―2019(令和元)年の財政検証に伴い、年金制度改革を検討してきた社会保障審議会年金部会が「社会保障審議会年金部会における議論の整理」(令和元年12月27日)をとりまとめているのですが、その中で、「今後の年金制度改革の方向性」として、「年金制度の所得再分配機能の維持」を加えています。その部分を引用しますと、
「2009(平成21)年、2014(平成26)年財政検証結果に引き続き、2019(令和元)年財政検証結果においても、1階部分の基礎年金部分のマクロ経済スライド調整期間は、2階部分の厚生年金(報酬比例部分)よりも長期化していることが確認された。基礎年金は、所得の多寡にかかわらず一定の年金額を保障する所得再分配機能を有する給付であり、この調整期間の長期化は、年金制度の所得再分配機能の低下を意味することとなる。この再分配機能を維持することは、基礎年金のみを受給する者だけでなく、厚生年金の受給者にとっても、その高齢期の経済基盤を充実させるために非常に重要である。」
 つまり、基礎年金におけるマクロ経済スライドが厚生年金対比で相対的に長期化することで、年金制度全体の所得再分配機能の低下を招くと言っているのですが、年金制度における所得再分配機能を維持することの重要性をどうお考えでしょうか。

 現行の年金制度は2階建ての給付構造になっていて、1階部分は国民年金から支給される基礎年金、2階部分は厚生年金から支給される報酬比例年金とからなるのですが、基礎年金は定額の年金を支給する一方、報酬比例年金はその名のとおり給料の多寡に比例した年金を支給します。つまり、現役のときの所得が多い少ないに関係なく、みんなが同じ一定額の年金が支給される基礎年金を1階部分に持つことによって、現役のときの給料が高く、多くの保険料を払った人には高い年金が支払われることになるのですが、給料の差ほど年金額において差が開かないようなしくみを通じて、所得が再分配されているのです。

 そこで、もし、年金制度が現在のような2階建ての制度ではなく、報酬比例年金だけだとしたらどうなるでしょう。生涯平均収入が低い人たちは、それに応じた低い年金で老後を生活しなければなりません。たとえば、年金の給付水準が現役のときの給料の6割の水準に設定されていたとします。そうすると、生涯平均収入が低い人たちは貯蓄や私的年金に充てる余裕は少なく、給料のほぼ100%を生活費に充てていたと考えられますが、その6割の年金で生活しなければならないことになり、生活の困窮化は免れません。そうしたことから、生涯平均収入が低かった人たちには、現役のときの給料の6割の水準というのではなく、1階部分の定額の基礎年金が所得再分配機能を発揮して、8~9割の水準の年金が支給されるようにしているのです。

 そうした所得再分配機能を有する基礎年金がマクロ経済スライドによる調整期間が長期化することによって、その給付水準も大きく低下する見通しになっています。わたしが数理課長として担当した2004(平成16)年財政再計算では、足下の2004(平成16)年の所得代替率(年金額の現役世代の手取り収入に対する割合)は59.3%で、その基礎年金と報酬比例年金の比は1:0.77でした。そして、いわゆる基準ケースでは、1階部分の基礎年金と2階部分の報酬比例年金の給付水準の調整期間はともに19年(2023年度終了)で、調整期間終了後の所得代替率は50.2%となる見通しで、そのうち基礎年金が28.4%、報酬比例年金が21.8%となり、基礎年金に対する報酬比例年金の比は1:0.77と、2004年度と変わらない見通しでした。それが、2019(令和元)年財政検証では、足下の2019(令和元)年の所得代替率は61.7%(基礎年金36.4%、報酬比例年金25.3%)に上昇し、基礎年金に対する報酬比例年金の比は1:0.69であるのに対し、経済前提がケースⅢの場合では、給付水準の調整期間は、基礎年金が28年(2047年度終了)、報酬比例年金が6年(2025年度終了)となり、報酬比例年金のスライド調整が終了する年度の前年度である2024年度までは基礎年金に対する報酬比例年金の比が1:0.69と変わらないのに対し、それ以降は基礎年金に対する報酬比例年金の比が増加して所得再分配効果が縮小し、基礎年金のスライド調整終了後、すなわち2047年度以降は、所得代替率は50.8%(基礎年金26.2%、報酬比例年金24.6%)という見通しとなっており、基礎年金に対する報酬比例年金の比は1:0.94となっています。つまり、基礎年金による所得再分配効果が小さくなっているのです。

基礎年金の調整期間が長期化することになった理由

—―どうして、基礎年金はマクロ経済スライドによる調整期間が報酬比例年金に比べて、長期化することになったのでしょうか。

 主な要因は、2004(平成16)年財政再計算以降、デフレ経済が続き、賃金や物価の伸びが低迷していたことによります。年金財政は、賃金が上昇すると保険料収入は増加する一方、マクロ経済スライドの発動や既裁定年金の物価スライドにより、年金改定率が賃金より抑えられることで給付額も抑制され、財政状況が改善されます。ところが、賃金や物価が上昇した場合に年金額の伸びを抑制するマクロ経済スライドは2015(平成27)年度まで発動されず、給付水準の調整が遅れていました。また、名目賃金の伸びがマイナスとなる状況では、マクロ経済スライドは発動されず、既裁定年金の伸びを賃金の伸びよりも抑制することはできませんでした。こうしたことから、1階部分の基礎年金および2階部分の報酬比例年金がともにマクロ経済スライドによる調整期間を長期化させることとなったのです。

 また、デフレ経済における名目賃金上昇がマイナスという状況は、2016(平成28)年年金改正法前の年金額改定のルールの下では、1階部分の国民年金財政にさらにマイナスの影響を与えることになりました。賃金の伸びがマイナスで、物価の伸びよりも賃金の伸びのほうが低い場合は、年金額は賃金でなく、物価の伸びで改定(物価の伸びがプラスの場合はゼロ改定)していました。だから、賃金の減少ほど年金額を下げないことになっていたのですが、報酬比例部分は賃金を基礎に年金額を算定しますから、下がった賃金額はそのまま給付の算定にも使われますので、これに応じて将来の給付額も減少するため、年金財政への影響は少し抑えられます。ところが、基礎年金は定額給付ですから、賃金の伸びが下がっても、報酬比例年金のように給付額が減少することなく、高止まりしていたので、その分、今度は調整期間を長くして給付水準を下げる必要が生じてしまったのです。そうしたことから、賃金変動率が物価変動率を下回ったことによる財政への影響は、基礎年金のほうがより強く受けることとなり、調整期間が報酬比例年金よりも長期化し、将来の所得代替率が低下することとなったのです。しかし、2016(平成28)年年金改正により、賃金変動が物価変動を下回る場合は賃金変動に合わせて年金額を改定するように見直されたので、基礎年金の調整期間だけが長期化することは、いま現在は解消されています。

—―「基礎年金の調整期間が長期化することになった」と言われましたが、基礎年金の財政均衡とは具体的に何を意味しているのでしょうか。

 2004(平成16)年改正でマクロ経済スライドを導入することによって、人口の少子高齢化に対して、自動的に財政が均衡する、つまり負担と給付のバランスがとれるしくみを導入したのですが、そのときに具体的にはどのようなことがなされたかというと、第1段階として、国民年金勘定で財政が均衡するように基礎年金の水準をマクロ経済スライドによって調整していく、それで均衡する状態を見つけて、第2段階として、厚生年金勘定において第1段階で決定した基礎年金水準を固定し、それに基づく厚生年金勘定の基礎年金拠出金を算定し、そのうえで厚生年金勘定が財政均衡するよう、報酬比例年金の給付水準を調整していく枠組みが導入されました。この枠組みにおける国民年金勘定におけるスライド調整を意味しています。

—―なぜ、第1段階として、先に国民年金勘定が均衡するようマクロ経済スライドによる調整を行うのですか。

 基礎年金は、国民年金のみならず厚生年金にも共通の1階部分の年金として、その部分は基礎年金拠出金として、国民年金勘定と厚生年金勘定とがそれぞれ被保険者の人数割りで拠出しますから、国民年金勘定のそれを先に決めておく必要があったのです。そうすると、国民年金勘定と厚生年金勘定のそれぞれが積立金を持って財政均衡を図っていくのですが、基礎年金給付はデフレ下において高止まりしていましたから、国民年金勘定で財政が均衡するまでスライド調整に長い期間を要することとなりました。その一方、2階部分の厚生年金勘定では、第1段階において基礎年金の調整期間が長期化され、それに応じて基礎年金の給付水準が低下するので、それに必要となる基礎年金拠出金も少なくて済みますから、第2段階での厚生年金勘定における報酬比例年金の財政均衡に充てる積立金が増加し、マクロ経済スライドによる調整期間も短期間で終了することとなるのです。

調整期間の一致は国民年金と厚生年金を合わせた合同勘定を想定し、人数割りのみの基礎年金拠出金のあり方を見直すことで実現

—―基礎年金の給付水準が報酬比例年金に比べて低下しないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。

 この問題を考えるうえで、一つのポイントになるのが、基礎年金拠出金のあり方です。基礎年金拠出金は、昭和60年年金改正でできたしくみですが、そのころは、国民年金の財政の見通しが、非常に悪くなってきていて、それは、農業者人口がものすごく減ってしまったことによるのですが、農家の子どもが被用者になり、厚生年金の被保険者となったことで、その子どもたちは、年金制度上、農業に従事している親を支えるのではなく、サラリーマンの先輩たちを支えることになります。それは理不尽なことで、農業で働く人の老後生活を支えるのは、国民年金に残っている人たちだけでいいのか、それは全国民で支えるかたちにしないといけないのではないかという認識をみんなが持つようになったのです。

 そこで、基礎的な年金は全国民で支えるという考え方が打ち出され、1985(昭和60)年年金改正で、国民年金を全国民に共通する制度として、国民年金が支給する基礎年金を自営業者、農業者、被用者などの区別なく基礎年金勘定から支給する制度として、毎年度基礎年金勘定が支払う給付の財源を人数割りで、つまり被保険者数およびその被扶養配偶者の数で、国民年金勘定、厚生年金勘定、共済年金制度で按分して、基礎年金拠出金として基礎年金勘定が徴収することとしたのです。

 そこで、基礎年金の給付水準が報酬比例年金に比べて低下することを防ぐためには、国民年金勘定の調整期間が厚生年金勘定の調整期間を超えないようにする必要があるので、国民年金勘定と厚生年金勘定のスライド調整期間を一致させる方法を考えます。その場合、基礎年金拠出金は、その年度に必要となる給付費を、20歳以上60歳未満の被保険者と第3号被保険者との人数割りで、各制度が持ち寄るかたちにしたのですが、それだけで各制度共通の基礎年金を公平に負担しているかは考える必要があります。それには、やはり財政力を考慮しなければいけません。厚生年金では、被用者で、所得が一定程度以上の人の集まりですから、ある意味で財政力があります。それに対して、第1号被保険者の保険料収入による国民年金勘定が、十分な財政力を持っているかと言ったら、厚生年金勘定ほどの財政力は持っていません。基礎年金は全国民で支える給付である点に配慮し、かつ、公的年金制度の所得再分配機能を維持することが重要と考えますと、国民年金勘定や厚生年金勘定を超えたところで基礎年金を支えていく枠組みを作る必要があります。その一つの「試案」としては、積立金も考慮した基礎年金拠出金の分担のしかた、つまり、人数だけで割り振るのではなく、積立金の大きさに応じて拠出する部分も一部入れて、基礎年金拠出金のあり方とすることが考えられます。

—―具体的には、どのように基礎年金と報酬比例年金の調整期間を一致させていくのでしょうか。

 国民年金勘定と厚生年金勘定とを合わせた仮想的な「合同勘定」を設定し、将来の収支見通しを作成するのですが、その場合、保険料は国民年金勘定と厚生年金勘定との保険料収入を合わせたものとし、積立金も国民年金勘定と厚生年金勘定の積立金を合計した金額とします。報酬比例年金の給付費及び基礎年金勘定に渡す財源は、すべてこの合同勘定から支出します。そして、合同勘定について、財政見通しを作成するのですが、1年でマクロ経済スライドを終了する場合、財政はどうなるか、均衡するのかどうか。2年でマクロ経済スライドを終了する場合はどうか、3年で終了する場合はどうか、それぞれ計算していきます。そうするとどこかの時点で財政が均衡することになりますが、この時点までを合同勘定における(最短)スライド調整期間とします。もちろん、既に公的年金の財政状況が非常に悪化していれば、あるいは、人口や経済等の状況が極端に悪くなっている場合には、このような(最短)スライド調整期間は存在しない可能性はありますが、現時点では合同勘定の(最短)スライド調整期間は存在すると考えられます。

 次に、国民年金勘定について、最短スライド調整期間に基づき収支見通しを作成します。そうすると、国民年金勘定単独では収支見通しがマイナスとなってしまうので、財政均衡を図るためには、基礎年金拠出金のあり方を見直すことが必要となります。これまでは基礎年金拠出金は人数割りで一人当たり基礎年金拠出金は等しくなるよう設定されてきましたが、そこには財政力を示す積立金の規模は考慮されず、人数割りとなる被保険者の年齢も20歳から60歳未満に限られていました。そこで、基礎年金給付金の全額を人数割りで按分するのではなく、積立金の規模や60歳以上被保険者の増加傾向、国民年金第1号被保険者の減少傾向なども勘案して、基礎年金拠出金を定めることで、基礎年金給付は全国民で支えるという本来的な意味での基礎年金拠出金のあり方にマッチした考え方になるのではないでしょうか。基礎年金拠出金の国民年金勘定と厚生年金勘定との分担のあり方を見直し、基礎年金の調整期間を報酬比例年金の調整期間と一致させ、所得再分配機能を有する基礎年金の給付水準の低下を防ぐ。これにより、年金制度における基礎年金の占める割合が低下することを抑え、年金制度の所得再分配機能を維持することにつながるのです。

 現行の制度のまま今後も基礎年金拠出金を決めることになれば、国民年金勘定が長期間かけてスライド調整を行うのに対し、厚生年金勘定はその結果の恩恵を受けながらスライド調整期間が短くなっている側面があり、均衡のとれた措置とは言えません。それを改善するためにも、基礎年金給付は全国民で支える給付という原点を踏まえて、「合同勘定」的な概念を導入し、積立金も含めた形で基礎年金拠出金を定義しなおす必要があるでしょう。

 なお、2019(令和元)年財政検証結果によれば、厚生年金勘定のスライド調整は、今後10年以内に終了する見通しとなっています。この意味で、厚生年金勘定と国民年金勘定のスライド調整期間を一致させる措置の導入は急がれることになります。

—―きょうはたいへん勉強になりました。ありがとうございました。

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