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5年前の繰下げみなし増額は、意外と難しい! 3号厚年と1号厚年期間があったら?

長沼 明(ながぬま あきら)/浦和大学客員教授・前埼玉県志木市長

令和5年4月1日に施行された、「本来受給選択時の『特例的な繰下げみなし増額』の導入」制度については、具体的な事例に当てはめて考えてみると、意外と難しいです。 

したがって、通知文(年管管発0320第1号、令和5年3月20日付厚生労働省年金局事業管理課長名で、日本年金機構の事業企画部門担当理事・年金給付事業部門担当理事宛に発出された「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う年金の受給開始時期の柔軟化に係る事務の取扱いについて」 )については、一読されておくことをお勧めします。

本来受給選択時の「特例的な繰下げみなし増額」の導入

本稿の「本来受給選択時の『特例的な繰下げみなし増額』の導入」という表記は、この通知文の「1 改正の概要」の「(2) 本来受給選択時の特例的な繰下げみなし増額の導入」という項目見出しから、一部を取り出し、「特例的な繰下げみなし増額」という文言に『』をつけて、引用した表現になっています。

 とくに、この通知文「2 事務処理における留意事項」「(3)老齢厚生年金の繰下げ待機中に遺族厚生年金の受給権が発生した場合の取扱いについて」 は、実際にこのような事例で相談に遭遇された場合には、相当に丁寧な説明が必要かと思われます。

 ただ、窓口の職員がどれだけ丁寧に説明したとしても、相談をされた市民の方の年金知識の理解度によっては、必ずしも十分な理解が得られるのは難しいのかな、と思います。

年金相談を担当されている社会保険労務士の先生にとっても、通知文を一読しただけでは、なかなか、理解するのが容易ではない内容を含んでいると思われます。 

この「老齢厚生年金の繰下げ待機中に遺族厚生年金の受給権が発生した場合の取扱いについて」 は、まだ、しっかりと解説した書籍にお目にかかってはいませんので、別な機会を捉えて、あらためてご説明できれば、と考えています。

 さて、今回は、この通知文の「2 事務処理における留意事項」の「(4)二以上の種別の被保険者であった期間を有する者に係る特例増額について」、関係する事例の一部について、説明していきます。

 「特例的な繰下げみなし増額」が適用される場合とは?

 まず、「本来受給選択時の『特例的な繰下げみなし増額』制度の適用可否の考え方」を【図表1】にまとめましたので、ご覧ください。

なお、記述が煩瑣(はんさ)になることを避けるために、基本的に昭和27年4月2日以後生まれの人を念頭に記述していることに、ご留意ください。

【図表1】のあとに紹介するいくつかの【事例】についても、同様です。

二以上の種別の被保険者であった期間を有する者に係る繰下げ申出について

 【事例A】をご覧ください。
二以上の種別の被保険者であった期間を有する者に係る繰下げ申出について、の事例です。

 スライド(【事例A】~【事例C】)では、スペースの関係があり、地方公務員共済組合の組合員である第3号厚生年金被保険者(筆者は「長期組合員」と呼称している、令和4年10月以後に適用されるようになった「短期組合員」ではない)のことを「3号厚年」、地方公務員共済組合から支給される老齢厚生年金のことを「3号老厚」と記しています。

 「1号厚年」「1号老厚」も同様にお読み取りください。

【事例A】については、通常の「繰下げ申出」です。

ただ、「二以上の種別の被保険者であった期間を有する」、すなわち、「3号厚年」と「1号厚年」の2つの期間を有する人が、繰下げを申出をしたらどうなるかを考えた事例です。

解説は、【事例A】のスライドの右側に【イメージ図 説明】として記してありますので、お読み取りください。

「3号老厚」と「1号老厚」は、同時に繰下げ申出を行う!

 次に、【事例B-1】をご覧ください。

71歳時点において、「3号老厚」と「1号老厚」について、同時に繰下げ申出を行う事例です。

とくに悩まなくてもいい事例かと思います。

解説は、【事例B-1】のスライドの右側に【イメージ図 説明】として記してありますので、お読み取りください。

1点注意を要するとすれば、太字で強調しましたが、

65歳以後の資格取得のため、加入期間1か月で受給権発生。
1か月分のみが繰下げ増額の対象となる(この分の繰下げ増額率は0.7%✕65月=45.5%)。1年間の勤務なので、その後の11か月の期間は、繰下げ増額の対象とはならない

 というところでしょうか。 

71歳時に、本来請求(5年前繰下げみなし)を行うことは可能か?

それでは、【事例B-1】と設定条件は同じなのですが、ここで(71歳時)本来請求(5年前繰下げみなし)を行うことは可能なのでしょうか?

【事例B-2】をご覧ください。

さて、冒頭の【図表1】で示した【本来受給選択時の「特例的な繰下げみなし増額」制度の適用可否の考え方】を、いま一度、お目通しください。

71歳時点において、「繰下げの申出をすることができる者が、 70歳に達した日後(受給権発生日から起算して5年を経過した日後)に繰下げ申出を行わず」に該当しますので、「3号老厚」と「1号老厚」について、同時に本来請求が行われた場合は、「3号老厚」および「1号老厚」ともに、「特例的な繰下げみなし増額」が適用される、ということになります。

また、「通常の繰下げ申出の場合は、66歳到達日前に繰下げ申出を行うことはできませんが、『特例的な繰下げみなし増額』の場合は、特例的な繰下げみなし日(5年前の日)が、66歳到達日前であっても『特例的な繰下げみなし増額』が適用」される、ということですので、受給権発生から1年経過していないように見えますが、【イメージ図】に記述した説明のようになります。

 なお、スライド(【事例B-2】)のスペースの関係で、繰下げ増額率については、掲載していませんが、「複数の種別の老齢厚生年金の受給権がある場合、それぞれの種別の被保険者期間に基づき、種別ごとに老齢厚生年金の増額率を計算する」ことになっていますので、「3号老厚」の繰下げ増額率は「7/1000✕12月=8.4%」、「1号老厚」の繰下げ増額率は「7/1000✕5月=3.5%」ということになります。

 「一の期間の老厚」は「特例増額」が適用され、「他の期間の老厚」は適用されないことがあるのか?

 それでは、通知文の 「2 事務処理における留意事項」の「(4)二以上の種別の被保険者であった期間を有する者に係る特例増額について」、「①特例増額の取扱い」「②特例増額の留意事項」が記されていますが、これに関係する事例の一部について、ご紹介して、本稿を終わります。

【事例C】をご覧ください。

【事例C】については、「①特例増額の取扱い」の「なお書き」に記されている、「※なお、一の期間に基づく老齢厚生年金(3号老厚)についてのみ特例増額の要件を満たす場合に、当該一の期間に基づく老齢厚生年金(3号老厚)について他の期間に基づく老齢厚生年金(1号老厚)と同時に本来請求が行われたときは、当該一の期間に基づく老齢厚生年金(3号老厚)に対してのみ特例増額が適用され、当該他の期間に基づく老齢厚生年金(1号老厚)については特例増額が適用されず本来額の老齢厚生年金が支給される。」<( )内の文言については、筆者が加筆した>に該当する事例と、筆者は判断しています。

解説については、【事例C】のスライドの右側の【イメージ図 説明】に「Q&A」の形で記してありますので、お読み取りください。

5年前の繰下げみなし増額は、意外と難しい、ということがおわかりいただけましたでしょうか。

 好評であれば、また、次回も【好事例】を紹介したいと思います。


 長沼 明(ながぬま・あきら)/浦和大学客員教授・前埼玉県志木市長

地方公務員を中心に共済組合等の年金に関する第一人者。埼玉県志木市長を2期8年務め、市長在任中に日本年金機構設立委員会委員、社会保障審議会日本年金機構評価部会委員、日本年金機構のシンボルマークの選考委員を歴任。著書に『共済組合の支給する年金がよくわかる本』(年友企画)などがある。

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