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財源確保のあり方(中村秀一)

霞が関と現場の間で

「一体改革」の場合

筆者は2012年に3党合意で成立した「社会保障と税の一体改革」に従事した。そこでは、社会保障の機能強化と必要な財源の確保を同時に行うものであった。財源は消費税の増税であり、消費税を社会保障の目的税とした。

「一体改革」は社会保障の機能強化と財政健全化の2兎を追うものであった。社会保障の機能の強化(=給付の改善分)に充てられた部分が限定されたことはやむを得なかった。しかし、1994年からの懸案であった基礎年金の国庫負担の2分の1への引上げの財源が2014年の消費税率8%への引上げでやっと確保されたのである。

まさに消費税という財源を明らかにした上で、それとの見合いで機能の強化=年金、医療、介護及び少子化対策の改善を行ったのである。

「異次元の少子化対策」では

現内閣では、4月7日に内閣総理大臣の下に「こども未来戦略会議」が開催され、6月の骨太方針2023までに「将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示する」とされた。

今回の岸田首相の「こども政策倍増」発言から始まった。国会答弁で総理が「対GDP比」と言及したこともあり、「倍増」の定義が問題となる有様だ。とにかく、年度内に関係省庁会議で中身を固めることとなり、3月31日に「こども・子育て政策の強化について」試案がとりまとめられた。

「次元の異なる少子化対策の実現に向けて」という副題を持つ試案は、「少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスであり、少子化対策は待ったなしの瀬戸際にある」と危機感を語る。しかし、見事なほどに「負担」についての記述が欠落している。請求書だけが書かれ、支払いについては全く「あなた任せ」なのである。

負担なくして給付なし

「こども未来戦略会議」には、いわば値段がついていないメニュー表が示された形だ。メニューから料理を選び、誰が、どう支払うかを決めなければならないのだ。

昨年の骨太方針では、「必要な安定財源については、国民各層の理解を得ながら、社会全体で費用負担の在り方を含め広く検討を進める」としていた。正攻法でいけば、既に「少子化対策の特定財源」とされている消費税率を引き上げるのが本筋であるが、安倍首相以来現首相までこの選択肢を封印してしまっている。

そういった中で、「社会保険料に上乗せ」と言われると「取りやすいところから取る」という反発が生じるのは当然である。正面から国民に負担増を訴えられない政府に、「異次元の少子化対策」を背負えるのだろうか。

(本コラムは社会保険旬報2023年5月1日号に掲載されました)

中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
国際医療福祉大学大学院教授。1973年、厚生省(当時)入省。 老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。


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