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謎の新興国アゼルバイジャンから|#53 管理職にこそ必要な「働き方改革」

香取 照幸(かとり てるゆき)/アゼルバイジャン共和国日本国特命全権大使(原稿執筆当時)

*この記事は2019年9月17日に「Web年金時代」に掲載されました。

本稿は外務省とも在アゼルバイジャン日本国大使館とも一切関係がありません。全て筆者個人の意見を筆者個人の責任で書いているものです。内容についてのご意見・照会等は全て編集部経由で筆者個人にお寄せ下さい。どうぞよろしくお願いします。

Emotional Intelligenceとは?

みなさんこんにちは。
この連載の中で、これまで折に触れて「感性―共感する力」についてお話をしてきました。
行政官として現場を知るために必要な資質としての「専門知」と「感性」、教養主義復権論の中で述べた、自由な知的営為・創造的実践を支える「理性」と「感性」。

心理学の本を読むと、感性とは「感情を理性に変える力」「人の心の動きを感覚的に理解する力」などと説明されています。
人間はhomo Sapiens (知恵ある人)ですが、同時に「心」を持っています。
「ことば=言語」は人類だけが持つ能力ですが、「心」は霊長類も持っていて、他人の心の動きを知って(感じて)行動する、という能力は霊長類段階で見ることができるそうです。

最近、「Emotional Intelligence」―感情的知性、あるいは端的に「感性」と訳せばいいでしょうか―に関する論考を読む機会がありました。
リーダー(管理職―人を管理し指導する立場にある人たち)にとって必要な資質として論じられているものです。
曰く、優秀なリーダーになるためには、知性の高さや専門知識があるだけではダメで、自分や他者の感情や心の有り様を「理性的」に理解し、それに沿って行動できる能力が必要、という議論です。
今回は、この「感性」について、少し別の角度から考えてみたいと思います。

Emotional Intelligenceの5つの要素

Emotional Intelligenceには、5つの要素があるんだそうです。
ちょっと長くなりますが、解説本を引用してみましょう。

Self-Awareness(自己認識・自覚)
どんな人間にも感情がある。様々なことが自分の感情に影響を与え、言動に影響を与える。自分自身の「気分」や「感情」を常に冷静に把握することができていることが重要である。

Self-Regulation(自己統制・自己管理)
自分の感情をコントロールできる能力、その場の一時的な感情に支配されずに思考し行動できる能力である。感情にまかせて部下を叱り飛ばす、好き嫌いで部下を評価する、取引や交渉で冷静さを維持できない、そういうことがないように自分をコントロールする能力である。

Motivation(自分自身への動機付け)
昇進や報酬といった「個人的」かつ「矮小」な動機付けではなく、「自分に期待されていること」は何かを考え、その期待に応えることに歓びを覚えることができるような動機付け、モチベーションを持てる能力である。

Empathy(共感・感情移入)
仕事における「意思決定」「指示」に際して、それに関わる部下や相手方の感情、受け止めを理解し、それを考慮した上で発言・行動できる能力。組織の結束力を強め、部下のモチベーションを上げるためにどんな言葉を使い、どんな行動をすべきかを判断できる能力である。

Social Skill
自分を信頼し、また自分が信頼でき、共に行動することのできる「人的ネットワーク=人脈」を組織の内外に構築できる能力である。

何だかよくある「管理者セミナー」(笑)みたいな話ですが、ここまで読んだ私の感想は、Emotional Intelligenceとは、要するところ「コミュニケーション能力」を支える「共感力」ってことじゃないのかな、ということでした。

コミュニケーションは理性と感性の協働作業

コミュニケーション能力の話は、「私の教養主義復権論」の中でも触れました。
コミュニケーションとは、「異なる意見、異なる価値観、異なる文化的背景を持つ人(要するに「自分と違う人―他者」)と議論を交わし、相互に相手を理解して一定の合意を形成していく」ということであり、「相手に自分の意思・意見を正確に伝える」ということと「相手の意見を虚心坦懐に聴く」の双方向があって初めて成立するものです。

もちろん、議論―会話―は論理的・理性的に行われなければならないものですが、同時に、相手の真意を理解するためには相手の「気持ち」、その言葉の背景にある心のありようを「察する」ことが必要ですし、自分の発言を理解してもらうためには自分の「気持ち」が伝わることが必要です。
私はあなたの気持ちを理解している(しようとしている)、というメッセージ、そして私はあなたに私の気持ちを理解してほしいと思っている、というメッセージ、そしてそのメッセージを感じ取ることのできる力、そこは「感性」の力が大きく働く世界です。
当たり前ですが、コミュニケーションが成り立つ基礎は「信頼」であり、コミュニケーションとは理性と感性の協働作業なのです。

管理職に求められる資質

企業にしても官僚組織にしても、現代の組織には「効率性」が求められています。
与えられた目標を最も迅速かつ効率的に達成する。無駄な要素を徹底的に排除し、シンプルで合理的、ロジカルで曖昧さのない組織。現代の組織はどんどんそんな感じになっています。以前お話ししたテック企業やコンサルの世界がまさにそんな感じです。

しかし、組織を形作っているのは「人間」です。
人は理屈だけでは動きませんし、人間の言動には必ず感情―心の動き―がついてきます。「理解するけど納得しない」という場面はいくらでもあります。
人は「理性的な生き物」ですが、感情と理性を完全に切り離すことができる人はいないでしょう。そして感情というものは非常に複雑です。表に現れない感情の襞は誰にでもあります。相手(自分)の言動の背景にある感情、その感情がどこから生まれ、それが相手(自分)の言動にどんな影響を与えているのか。表に出てくる行動の奥にどんな感情が隠されているのか。
怒りの背後にある不安、冷静さの背後にある嫉妬、寡黙さに隠された不満、それを受け止め、察知し、理解することが必要です。
感情に感情で応じていては相手を理解することも相手を動かすこともできません。

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