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保健所再考(中村秀一)

霞が関と現場の間で

保健所はパンク状態だという

9月の上旬にNHKの記者から取材の申し込みがあった。「地方自治体にアンケート調査をしたところコロナ対策で保健所職員の超過勤務が多く、過酷な状態にあることが判明した。コメントが欲しい」というもの。「厚生労働省の担当者に取材したら」とお断りしたが、「厚労省も多忙で、申し込んでも相手にしてもらえない」と泣きつかれ、到頭1時間ほどお付き合いをした。

日曜日の夜に何気なくテレビをつけていると、突然画面に自分が登場し驚いた。テレビの取材で話したことのほとんどがカットされるのはいつものことであるが、今回も放送されたのは一瞬であった。

保健所の現状はどうなっているか

従来、保健所は人口10万人に1箇所を整備する方針で、都道府県と政令市が設置するものとされてきた(1990年の保健所数は850所)。戦後の結核対策で大きな成果を上げたが、昭和30年代以降、かつての輝きが失われ「保健所黄昏論」がささやかれてきた。そこで厚生省は身近な保健サービスは市町村でという方針に転換、1978年から市町村保健センターの整備を開始した。それまで保健師はほとんど保健所保健師であったが、市町村保健師が誕生し、現在では多数派である。

行政改革が求められる中で、1994年に地域保健法が制定され、整備方針が変更された。現在、都道府県、政令指定都市、中核市など155自治体に469の保健所がある。筆者が住む世田谷区は人口92万人の特別区であるが、かつて5保健所あったものが現在1箇所に統合されている。 その運営のため、1964年に保健所運営費補助金が創設されたが、「国から地方へ」の掛け声の下、2007年までに保健所の運営や整備の財源はすべて「一般財源化」され、国の補助金等は入っていない。国の資金が30%入っている民生費と対照的だ。

地方自治体の「衛生費」は6.2兆円で地方予算の6.4%でしかない。うち公衆衛生費は3.6兆円、その中で保健所費は2090億円である。この10年間で衛生関係に従事する職員数は11%減少した。これは一般行政職の3.6%減を上回る削減となっている。

コロナ対策と保健所

新型コロナウイルス感染症は、日頃隠れていたわが国社会の弱点を浮き彫りにする。

安倍前首相は自らの退陣を発表した同じ記者会見で、「新型コロナ感染症に関する今後の取組」を打ち出した。7項目あるが、その一つが「保健所体制の整備」である。保健所へのテコ入れが必要であることを国も認めたのだ。この四半世紀の衛生行政を再点検する良い機会である。 

(本コラムは、社会保険旬報2020年11月1日号に掲載されました)


中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
国際医療福祉大学大学院教授
1973年、厚生省(当時)入省。 老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。


  


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