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#8|遺族年金制度等の見直しの方向性

高橋 俊之(たかはし としゆき)/日本総合研究所特任研究員、元厚生労働省年金局長

 2025年の年金制度改正に向けて、厚生労働省の社会保障審議会年金部会の議論が2巡目の議論に入りました。日本総合研究所特任研究員で元厚生労働省年金局長の高橋俊之さんが、わかりやすく説明し、皆さんと一緒に考えます。
 連載第8回の今回は、7月30日の年金部会で、遺族年金制度等の見直しについて、年金局の案が説明され、議論が行われましたので、その内容と論点について解説します。


1.遺族厚生年金の見直しの方向性

⑴20代から50代に死別した子のない配偶者の遺族厚生年金の男女差を段階的に解消

 遺族年金の仕組みや課題については、この連載の第5回で説明したとおり、支給要件に大きな男女差があり、その解消が必要です。7月30日の年金部会では、年金局から遺族年金の見直しの方向性が示され、委員から賛同する意見が多く出されました。

 現行の遺族年金制度は、男性が主たる家計の担い手であった時代の古い給付設計のままとなっています。主たる生計維持者を夫と捉え、夫と死別した妻が就労し生計を立てることが困難であり、世帯の稼得能力が喪失した状態が将来にわたり続くことが見込まれるといった社会経済状況を背景に、制度設計がされました。

 このため、現行制度では、図表1、図表2のとおり、20代から50代に死別した子のない配偶者に対する遺族厚生年金は、妻に対して期限の定めのない終身の給付が行われており、加えて、受給権取得当時の年齢が40歳以上65歳未満である場合は、中高齢寡婦加算(遺族基礎年金の4分の3に相当する額)も加算されます。

 その後、平成16年の改正で、夫の死亡時に30歳未満で子を養育していない妻の遺族厚生年金については、5年の有期給付とされましたが、30歳以上の場合は、従来どおり無期給付です。

 一方で、夫は就労して生計を立てることが可能であるという考えの下で、遺族厚生年金の受給権が生じるのは、55歳以上での死別に限定されており、その場合でも、60歳未満は支給停止される仕組みであり、制度上の大きな男女差が存在しています。

 女性の就業が進み、共働き世帯の増加等の社会経済状況が変化する中で、制度上の男女差を解消していく観点を踏まえると、20代から50代に死別した子のない配偶者に対する遺族厚生年金を見直すことが重要です。

 遺族年金の改正については、年金部会での議論の報道を契機に、SNSでもさまざまな意見が飛び交っており、なかには、内容を誤解している意見も多々見られます。「現在の受給中の人まで5年で給付が打ち切られるのではないか」、「今の40歳台、50歳台の妻も、今後、夫を亡くしたら有期の年金になってしまうのではないか」、「中高齢寡婦加算もすぐ廃止になるのではないか」、「高齢期の死別による遺族厚生年金も5年で打ち切られるのではないか」という誤解は、ありがちな誤解です。

 7月30日の年金部会の資料4「遺族年金制度等の見直しについて」で年金局が示した見直しの方向性では、そのような懸念に対して、丁寧に説明がされており、慎重に見直しを進めていく案が提示されていますので、一つ一つ見ていくことにします。

 これによると、見直しの方向は、図表3のとおりであり、ポイントは次のとおりです。
施行日前に受給権が発生している遺族厚生年金については、現行制度の仕組みを維持する。
養育する子がいる世帯としてみた場合の遺族厚生年金については、現行制度の仕組みを維持する。
高齢期の夫婦の一方が死亡したことによって発生する遺族厚生年金については、現行制度の仕組みを維持する。
20代から50代に死別した子のない配偶者に対する遺族厚生年金を、「配偶者の死亡といった生活状況の激変に際し、生活を再建することを目的とする5年間の有期給付」と位置付け、年齢要件に係る男女差を解消することを検討する。
⑤これにより、男性については、給付対象となる年齢を拡大する。
⑥現在、妻が30歳未満に死別した場合に有期給付となっている遺族厚生年金について、有期給付とする対象年齢の引上げを徐々に行う。引上げの施行に当たっては、現に存在する男女の就労環境の違いを考慮するとともに、現行制度を前提に生活設計している者に配慮する観点から、相当程度の時間をかけて段階的に施行することとする。
⑦有期給付とするに当たっては、適切な配慮措置を講じる。 

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